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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)8064号 判決

原告

伊藤建設株式会社

右代表者

伊藤末吉

右訴訟代理人

田宮甫

外四名

被告

天栄村

右代表者村長

松崎岩男

右訴訟代理人

瀧田三良

外二名

被告補助参加人

小針源兵衛

右訴訟代理人

武藤節義

被告補助参加人

北畠雄太郎

被告補助参加人

森武司

被告補助参加人

北畠豊彦

右三名訴訟代理人

蓮見純

外一名

主文

一  被告は原告に対し、金五五〇五万二八九六円及び内金二九九二万七一七二円に対する昭和五〇年九月一一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九九六三万六〇四三円及び内金五九八五万四三四五円に対する昭和五〇年九月一一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は、仮に執行することができる。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一請求の原因

1  原告は、水道施設工事の設計及び施行等を主たる営業目的として設立された株式会社である。

2  原告は、昭和四八年九月一八日、被告との間において、次の内容の工事請負契約(以下「本件第一次請負契約」という。)を締結した。

(一) 契約当事者 注文者被告、請負人原告

(二) 工事の目的 天栄村広域簡易水道新設工事(第二工区)

(三) 工事の場所 福島県岩瀬郡天栄村地内

(四) 工期 着工 昭和四八年九月二三日

完成 昭和五〇年三月二〇日

(五) 諸負代金 金三億六八五〇万円

右工事請負代金については、その後、昭和四九年八月二七日に金四一五〇万円を増額する旨の変更契約が締結され、合計金四億一〇〇〇万円となつたが、更に、昭和五一年一一月一〇日、金一五〇〇万円を減額する旨の変更契約が締結され、結局、金三億九五〇〇万円となつた。

3  原告は、被告との間に、更に、昭和四九年四月一日、次の内容の工事請負契約(以下「本件第二次請負契約」という。)を締結した。

(一) 契約当事者 注文者被告、請負人原告

(二) 工事の目的 天栄村広域簡易水道新設事業第二工区に伴う給水分岐取出し工事

(三) 工事の場所 福島県岩瀬郡天栄村

(四) 工期 着工 昭和四九年四月一日

完成 同年七月三〇日

(五) 請負代金 金二二〇〇万円

4  原、被告間には、本件第一次、第二次各請負契約のほか、次の各請負契約が締結された。

(一) 請負契約日昭和四八年一二月一五日、工事目的配水本管取出分岐工事、工事場所小川・高林・沢邸他、工期・着工同月二一日・完成昭和四九年三月二〇日、請負代金一二三万四五四四円。

(二) 請負契約日昭和四九年一月二四日、工事目的天栄村広域簡易水道工事給水装置(推進工事)、工事場所天栄村内、工期・着工同月二五日・完成同年三月二〇日、請負代金五五五万円。

(三) 請負契約日昭和五〇年七月五日、工事目的天栄村広域簡易水道事業単独工事、工事場所・大里小学校・広戸小学校・荒川金属工業・福島東邦電機株式会社、工期・着工同月一〇日・完成同年八月三〇日、請負代金二五二万三〇〇〇円。

5  原告は、前記2ないし4項の各工事(以下「本件請負工事」という。)を昭和五〇年五月三一日までにすべて完成して、被告に引き渡し、請負代金債権合計金四億二六三〇万七五四四円を取得した。

6  被告は、前項の請負代金四億二六三〇万七五四四円のうち金三億六六四五万三一九九円については、次のとおり弁済した。

(一) 昭和四九年四月二四日 金三五七三万七三九三円

(二) 同年五月二七日 金七三万九六四六円(前記4項(一)の請負代金の充当)

(三) 同年八月一二日 金四九万四八九八円(前記4項(一)の請負代金に充当)

(四) 右同日 金五五五万円(前記4項(二)の請負代金に充当)

(五) 同年一一月二九日 金七五〇〇万円

(六) 昭和五一年五月二七日 金七一三四万〇五六二円

(七) 同年七月二三日 金二五二万三〇〇〇円(前記4項(三)の請負代金に充当)

(八) 昭和五二年三月三一日 金一億一五〇〇万円

(九) 同年九月一三日 金六〇〇六万七七〇〇円

合計 金三億六六四五万三一九九円

7(一)  原告と被告は、昭和五一年一一月一〇日、本件第一次、第二次各請負契約に基づく請負代金(但し、原告が本訴において残額請求をし、これに対し被告が後記抗弁において原告に弁済したと主張する金五九八五万四三四五円を除く。)の支払いが遅滞した場合の遅延損害金について、原告が市中銀行より借り入れている金員の金利相当額(9.5パーセントの割合による。)を連延損害金として被告が原告に支払うことを合意した。

(二)  右合意に基づき遅延損害金を計算すると次のとおりとなる。

(1) 本件第一次、第二次各請負契約に基づく請負代金 合計金四億一七〇〇万円

(2) 被告の弁済額

(イ) 昭和四九年四月二四日

金三五七三万七三九三円

(ロ) 同年一一月二九日

金七五〇〇万円

(3) 前記(一)の控除金額 金五九八五万四三四五円

(4) 当初遅滞金額((1)―((2)+(3)))

金二億四六四〇万八二六二円

(5) 遅延損害金の計算

(イ) 昭和五〇年六月一日から昭和五一年五月二七日まで 金二三一五万二二五〇円

(ロ) 昭和五一年五月二八日から昭和五二年三月三一日まで 金一四〇三万四一九五円

(注)被告は、昭和五一年五月二七日、金七一三四万〇五六二円を弁済した。

(ハ) 昭和五二年四月一日から同年九月一三日まで   金二五九万五二五三円

(注)被告は、昭和五二年三月三一日、金一億一五〇〇万円を弁済した。

(ニ) 合計 ((イ)+(ロ)+(ハ))

金三九七八万一六九八円

8  よつて、原告は、被告に対し、前記5項の請負代金合計金四億二六三〇万七五四四円のうち、既に弁済済みの前記5項の金三億六六四五万三一九九円を差し引いた残金五九八五万四三四五円及び前記7項の約定遅延損害金三九七八万一六九八円、合計金九九六三万六〇四三円並びに右請負代金残金五九八五万四三四五円に対する工業完成引渡後である昭和五〇年九月一一日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告及び被告補助参加人らの認否

1  請求原因1ないし6項の事実は全部認める。

2  同7項のうち、(一)の事実は否認するが、(二)のうちの原告主張の被告の各弁済の事実は認める。

三被告及び被告補助参加人らの抗弁

1  被告は、原告会社の従業員で、かつ、本件請負工事の現場代理人として原告より請負代金受領の代理権を授与されていた訴外長根博(以下「長根」という。)に対し次のとおり、請負代金合計金五九八五万四三四五円を支払い、弁済を了した。

(一)昭和五〇年三月一一日 金五〇〇万円

(二)同月一五日 金五〇〇万円

(三) 同月三一日 金一一八五万四三四五円

(四) 同年四月一八日 金一〇〇〇万円

(五)同年五月二三日 金一二〇〇万円

(六)同年七月一日 金一六〇〇万円

2  仮に、当時長根に請負代金受領の代理権が原告より授与されていなかつたとしても、

(一) 長根は、被告に対し、原告が被告宛に正規に発行した原告の請求代金請求及び領収書を持参して、被告から前項(一)ないし(六)のとおり各金員の支払いを受けた。

したがつて、被告の長根に対する右各支払いは、受取証書の持参人に対する弁済であるから、民法四八〇条本文により原告に対しての効力を生じたものというべきである。

(二)(1) 原告は、昭和四八年九月二三日付で被告に対し長根を原告の現場代理人とする旨の選任届を提出しているが、現場代理人の権限は、工事の指揮監督に限定されるものではなく、原告を代理して請負契約上確定している工事現場における一般的事務(請負代金請求及び受領事務を含む。)を処理する権限を有しているものというべきである。

仮に、長根に右の一般的事務処理権限がなかつたとしても、少くとも、原告は、被告に対し長根を現場代理人とする旨の選任届を提出することにより右の一般事務処理権限を授与した旨の表示をしたものというべきである。

(2) 被告は、請求原因6項(二)の金七三万九六四六円については、昭和四九年五月二七日に長根に直接これを支払つたが、原告は、これを異議なく弁済として受領している。このことは、原告が長根に対して、少くとも右金七三万九六四六円については弁済受領の代理権を授与していたものというべきである。

(3) 前記1項(一)ないし(六)のとおり被告が長根に請負代金として合計金五九八五万四三四五円を支払つた際、被告は、長根に原告を代理して右請負代金を弁済受領する権限があると信じたが、右信じたについては、次のとおり正当の理由がある。

すなわち、長根は、前記のとおり原告の現場代理人として、原告が被告宛に正規に発行した請負代金請求書及び領収書を持参して右支払いを受けたものであるうえ、前記(2)のとおり昭和四九年五月二七日に被告が長根に右と同様の手続で請負代金七三万九六四六円を支払つた際には、原告は、これを異議なく弁済として受領している。その後も、原告は、被告に対して、長根の弁済受領権限についてこれが存しないことを別段通知することなく、長根をして、請負代金請求書及び領収書を被告に持参させて右請求手続を代行させていたことよりすれば、被告には、長根に請負代金の弁済受領の代理権があると信ずるにつき正当の理由があるというべきである。

3  仮に、前記1、2項の主張が認められないとしても、

(一) 原告会社の従業員で、本件請負工事の現場代理人である長根は、原告が被告宛に正規に発行した請負代金請求書及び領収書を持参したうえ、真実は原告を代理して請負代金を弁済受領する権限がなく、かつ、右代金を原告に持参して納める意思がないのに、これがあるように装つて、被告の村長や収入役をその旨誤信させたうえ、前記1項(一)ないし(六)のとおり請負代金名下に被告から合計金五九八五万四三四五円の交付を受けて、これを騙取し、被告に同額の損害を与えた。

(二) 長根の右不法行為は、原告の被用者が原告の事業の執行につきなしたものというべきであるから、原告は民法七一五条一項により、被告に対し、損害賠償として金五九八五万四三四五円を支払うべき義務がある。

(三) 被告は、原告に対し、昭和五三年七月一三日の本件口頭弁論期日において、右損害賠償債権をもつて、原告の本訴請求にかかる請負代金債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四抗弁に対する認否

1  抗弁1項について

長根が当時原告会社の従業員で、かつ、本件請負工事の現場代理人であつたこと、長根が被告から(一)ないし(六)のとおり合計金五九八五万四三四五円の金員の交付を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件第一次、第二次各請負契約等の内容となつている被告作成の天栄村工事請負契約約款五条三項によれば、現場代理人は工事現場に常駐し、被告の監督又は指示に従い工事現場の取締り及び工事に関する一切の事項を処理する旨規定されており、右規定から明らかなとおり、現場代理人である長根は、工事現場に常駐し、工事の工程管理及び品質管理にあたる工事の現場監督にすぎず、原告を代理して被告から請負代金を弁済受領する権限など一切有しなかつた。のみならず、右約款一七条によれば、原告が第三者を請負代金弁済受領の代理人とするには被告の承認が必要であること、被告の承諾を得た第三者は、原告の提出する支払請求書に被告の代理人である旨を明記しなければならないことがそれぞれ規定されているところ、原告が長根を右代理人としたことも被告がこれを承認したこともなく、また、原告が被告宛に発行した支払請求書及び領収書に長根を原告の代理人である旨明記したこともない。

長根は、要するに、抗弁3項(一)のとおり被告から金五九八五万四三四五円を請負代金名下に詐取したものにすぎない。

2  同2項について

(一) (一)のうち、長根が被告に対し原告が被告宛に正規に発行した請負代金請求書及び領収書を持参したことは認めるが、長根が民法四八〇条本文にいう受取証書の持参人に該当することは否認する。

原告より被告に対する請負代金の請求は、天栄村財務規則上、同規則六一条所定の被告作成の用紙による請求書に基づくことを要するものとされ、右請求書には、同一用紙の請求欄下段に領収欄が併記されており、請負代金受領前に請求書の請求欄及び領収欄のいずれにも原告の記名押印をして被告に提出することが要求されていた。しかも、被告の場合、予算の都合、あるいは補助金交付の都合という地方自治体特有の事情から、原告より予め金額及び年月日欄を白地にした請求書及び領収書を提出させ、支払可能になつた時点において、被告が支払金額及び年月日を適宜記入して請負代金を支払うという支払方法がとられていた。そのため、原告は、請負代金の請求にあたつては、長根が被告より受取つて原告の東京本社に届けた請求書用紙の請求欄及び領収欄に金額、年月日共に白地のまま記名押印して、これをさらに長根をして被告に提出させていたものであり、長根は、被告作成の請求書用紙を原告の東京本社に届け、さらに、原告が記名押印した請求書を被告に届ける、いわば運搬人の役割を果していたにすぎない。

(二) (二)(1)のうち、原告が被告に対し、昭和四八年九月二三日付で長根を現場代理人に選任する旨の届出をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同(2)の事実は否認する。

同(3)の主張は争う。

被告(村長、収入役ら執行部)が長根に請負代金として合計金五九八五万四三四五円を支払つた際、長根に右弁済受領の代理権があると信じたとすれば、後記再抗弁1項のとおり被告には明らかに過失があり、被告に民法一一〇条にいう正当の理由はない。

3  同3項について

(一) (一)の事実は認める。

(二) (二)のうち、長根の不法行為が原告の事業の執行につきなされたものであることは否認し、その余の主張は争う。

五  再抗弁(仮定的)

1  抗弁2項(一)及び(二)(1)(3)に対して

被告(村長、収入役ら執行部)は、長根に対して請負代金として合計金五九八五万四三四五円を支払つた際、長根に右弁済受領の代理権がないことを知つていた。仮に、これを知らなかつたとすれば、被告には、知らなかつたことについて過失がある。すなわち、

(一) 長根の現場代理人としての権限は、前記のとおり天栄村工事請負契約約款五条三項により現場監督に限定され、請負代金の弁済受領権限まで含まないことが明定されていたうえ、右約款一七条により、原告が第三者を代理人として請負代金を被告より受領するには、その旨被告の承認が必要とされ、かつ、承認を得た場合には、原告の提出する支払請求書に第三者が原告の代理人である旨明記しなければならないとされているにもかかわらず、長根については、このような手続は一切とられていない。

(二) 原告と被告との間においては、本件第一次請負契約締結の際、請負代金の支払いは、訴外株式会社第一勧業銀行大森東口支店(同支店が大森支店に統合された後は大森支店)の原告の当座預金口座に振り込んで支払う旨の約定が成立しており、現に、被告より長根に合計金五九八五万四三四五円が支払われる以前の請求原因6項(一)ないし(五)の被告より原告に対する弁済は、すべて原告よりその都度被告に対して特別の連絡をすることなしに、右約定に従い原告の右当座預金口座に振り込まれて支払われているにもかかわらず、被告は、右約定に違反して長根に直接多額の金員を支払つている。

(三) 長根は、原告が被告宛に正規に発行した請負代金請求書及び領収書を被告に持参しているが、それは前記の事情からいわば右書類の運搬人の役割を果していたにすぎず、それ故にこそ、請求原因6項(一)ないし(五)の被告より原告に対する弁済も、長根が被告に対し原告発行の請負代金請求書及び領収書を持参しているにもかかわらず、長根に直接支払わずに原告の前記当座預金口座に振り込んで支払われたものである。

(四) 被告より長根に対する昭和五〇年三月一一日及び同月一五日の各金五〇〇万円の支払いは、長根個人発行の仮領収書と引換えになされており、これは、天栄村敗務規則に違背した違法不当な支出である。

(四) 長根は、被告より合計金五九八五万四三四五円の支払いを受けた当時、被告の当時の村長、収入役ら執行部に対し、長根個人の費用負担で、飲食、ゴルフ等の接待を再三再四にわたり重ねていたほか、金品の授受等もして(原告は、一切費用負担しておらず、これに関知しない。)、長根及び当時の村長北畠雄太郎は贈収賄罪に問われており、長根が被告より支払いを受けた金員の一部が右村長に賄賂として贈られている。このように、当時、長根と被告の執行部は違法にも癒着していた。

以上(一)ないし(五)の事実を総合すれば、被告は、長根に請負代金の弁済受領の代理権がないことを知りながら敢えてこれを支払つたものというべきであり、少くとも、被告がこれを知らずに支払つたとすれば、知らなかつたことについて被告に重大な過失があることは明らかである。

2  同3項に対して

(一) 原告は、被用者である長根の選任及びその事業の監督につき相当の注意をなした。

すなわち、原告は、長根を雇用するにあたつては、同人より履歴書、戸籍謄本等を提出せしめ、原告の役員、総務部長、総務課長及び工事関係の責任者等の立会つた厳重な面接試験を実施し、そのうえ、専門の調査機関の身元調査までしており、このように、原告は、長根を採用するにあたりなしうる調査はすべて講じているから、同人の選任について過失はない。また、長根の業務の執行についても、原告は、常に指導監督していたから、原告には長根に対する監督上の過失もない。

(二) 仮に、原告に使用者責任が認められるとしても、被告が長根より損害を被つたについては、前記1項(一)ないし(五)のとおり被告にも重大な過失があるから過失相殺がなされるべきである。

六  再抗弁に対する被告及び被告補助参加人らの認否

1  再抗弁1項について

1項の主張はすべて争う。

2  同2項について

(一) (一)の事実は否認する。

長根は、原告会社に勤務する以前、同種会社に就職中、工事斡旋の運動費名下に金品を騙取し、昭和四四年詐欺罪により実刑に服し、昭和四六年その刑を受け終つたばかりの前歴がある。原告は、このような者を現場代理人として責任ある職に任じたものであるから、その選任につき過失があるというべきである。さらに、原告は、長根に請求書を交付し、請負代金の請求手続を行わせながら、その支払関係につき長根に照会確認せずに放置しておいたものであり、原告には、遠隔地工事現場における被用者に対する使用者としての監督義務の重大な懈怠がある。

(二) (二)の主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一請負代金請求について

一請求原因1ないし6項の事実は当事者間に争いがない。

二次に、被告及び被告補助参加人ら(以下、両者合わせて「被告ら」という。)の弁済の抗弁(抗弁1、2項)について検討する。

1  長根が被告から抗弁1項(一)ないし(六)のとおり合計金五九八五万四三四五円の金員の交付を受けたこと、当時長根が原告会社の従業員で、かつ、本件請負工事の現場代理人であつたことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、被告より長根に対する右金五九八五万四三四五円の交付により、原告に対する同額の請負代金弁済の効力が生じたかどうかについて検討することにする。

(一) 〈証拠〉を総合すれば、次の各事実が認められる。

(1) 本件第一次請負契約の締結後、原告は、従業員の長根を本件請負工事の現場代理人に選任し、昭和四八年九月二三日被告に対しその旨の届出をして、そのころ、長根は、本件請負工事の現場に着任したが、現場代理人の権限については、本件第一次、第二次各請負契約等の内容となつている被告作成の天栄村工事請負契約約款五条三項により、現場代理人は、工事現場に常駐し、被告の監督又は指示に従い工事現場の取締り及び工事に関する一切の事項を処理する旨規定されていた。また、原告会社内部における職務分掌上、現場代理人である長根の職務権限は、主として、工事現場に常駐し、工事の工程管理及び品質管理にあたる現場監督の権限に限られていたが、実際には、長根は、本件請負工事の進行に伴い、原告より派遣された部下一、二名と共に、現場監督として下請業者に対する工事の監理、原告の東京本社に対する工事進行状況の報告、現場諸経費の出納事務等を担当したほか、被告に対する関係においては、担当吏員との工事打合事務並びに工事設計変更願、工事竣工届、竣工検査願、年度別竣工払申請書、中間検査願、中間金払申請書、材料検査願、工事費増額申請書等の書面の提出による各種届出、願出事務及び申請事務も担当した。長根は、右各書面の提出にあたつては、被告の担当吏員(主に水道課長)と折衝したうえ、みずから起案するものもあつたが、すべて原告の東京本社の上司の決裁を経て、原告代表者の記名押印を得たうえ、その指示に基づき、本社よりみずから持参し、あるいは述付されたものを被告に提出していた。

(2) 原告より被告に対する請負代金の請求手続については、天栄村財務規則上、同規則所定の被告備付の用紙による請求書に基づくことを要するものとされ、右請求書には、同一用紙の請求欄下段に領収欄が併記され、請負代金受領前に請求欄及び領収欄のいずれにも原告の記名押印をして被告に提出することが要求されていた。そして、被告の場合、基幹工事である本件第一次請負契約に係る天栄村広域簡易水道新設工事(第二工区)は、国からの補助金や起債に基づく事業であつたため、補助金交付の都合あるいは予算執行の都合上、原告より予め金額及び年月日欄を白地にした請求書兼領収書を提出させ、支払可能になつた時点において被告が支払金額及び年月日を適宜記入して請負代金を支払うという方法がとられた。被告備付の右請求書兼領収書の用紙は、長根において、被告よりその交付を受けて原告の東京本社に持参し、本社は、代表者の記名押印をしたうえ、これを長根に被告のもとまで持参させた。

(3) 被告内部における請負代金の支払手続については、天栄村財務規則上、原告より完成届等の関係必要書類添付のうえ提出された請求書兼領収書は、直接の担当吏員である水道課長の検査確認を得たうえ、総務課長、助役の各決裁を経て、支出決定権者である村長のもとに回され、村長の最終決裁(支出命令)を得た後、総務課長の審査確認を得て、出納機関たる収入役より現実に金員の支払い(支出命令の執行)がなされることになつていた。

(4) 被告より原告に対する請負代金の支払方法については、本件第一次請負契約締結の際、原被告間において、訴外株式会社第一勧業銀行大森東口支店(同支店が大森支店に統合された後は大森支店)の原告の当座預金口座に振り込んで支払う旨の約定が成立していた。前認定の被告の昭和四九年四月二四日の金三五七三万七三九三円の弁済(請求原因6項(一))は、右約定に従い、原告の前記口座に振り込んで支払われた。ところが、前認定の同年五月二七日の金七三万九六四六円の弁済(同項(二))は、長根が前記(2)の手続により原告から正規に発行を受けた請求書兼領収書を持参した際、被告に対し現金による直接払いを請求し、被告の収入役小針源兵衛(以下「小針収入役」という。)は、これに難色を示したが、被告の水道課長北畠豊彦(以下「北畠水道課長」という。)の口添えもあつて、結局、長根に直接現金で支払われた。長根は、その後同年六月一〇日ころ、同額の金七三万九六四六円を原告現場代理人長根名義の普通預金口座から払戻しを受けたうえ原告の前記口座に小針収入役名義で払り込んで送金した。しかし、被告の原告に対するその後における前認定の弁済(請求原因6項(三)ないし(五))は、その際も原告が正規に発行した請求書兼領収書を長根が被告のもとに持参しているが、同年八月一二日の金四九万四八九八円(同項(三))、同日の金五五五万円(同項(四))、同年一一月二九日の金七五〇〇万円(同項(五))のいずれも、原被告間の前記約定に従い、原告の前記口座に振り込んで支払われた。

(5) ところで、被告は、昭和四九年一〇月ごろ、天栄村広域簡易水道新設工事に対する国の補助金交付や起債の関係上、その最終工期である昭和五〇年三月二〇日までに工事が完成した場合約定どおり請負代金全額を支払う目途が立たなくなり、直接の監督行政庁である福島県厚生部環境衛生課の指導もあつて、請負代金の支払いを延期する意味で工期の二年延長を原告に求め、原告より口頭で一応の内諾を得ていた。ところが、同年一二月ごろ、被告の村議会内部に設置されていた水道調査特別委員会において、本件請負負担の施行に手抜工事があつたとして原告の不正工事が問題とされ、同委員会は、一方的に工事完成部分を掘り起して破壊検査を行い、その結果不正工事があつたと公表して、これが新聞等のマスコミに大々的に報道された。しかし、原告としては、手抜工事とされた工事方法については事前に被告担当責任者の承諾を得ていたため、原告は、これにより信用が著しく毀損されたとして被告に対する態度を硬化させ、被告より先に申入れのあつた工期の二年延長には応じない態度を示し、その旨の工事請負変更契約の締結に強い難色を示した。その後、原告より工期延長の承諾が得られないまま本件請負工事は進行し、完成が近づくにつれ、被告の執行部である村長北畠雄太郎(以下「北畠村長」という。)、総務課長森武司(以下「森総務課長」という。)、北畠水道課長は、焦りの色を濃くしていた。

一方、長根は、本件請負工事の下請業者として原告が使用していた訴外株式会社東設が昭和四九年四月ごろ倒産した後、みずから事実上の下請人となつて利益を得ることを目論み、訴外小板橋開経官の訴外フジ建設工業株式会社の名義を借用して、原告に隠れて右訴外会社名義で原告の下請人となり、原告の現場代理人としての職務の傍、自己の計算で下請工事を進行させたが、もともと長根には資金がなかつたうえ、予期に反して高額の土木建設機械の贈入や前記不正工事問題による手直し工事が必要となるなどしたため、多額の負債を抱えこみ、その返済に追われるようになつていた。

このようにして、負債の返済に窮した長根は、昭和五〇年三月ころ、後記認定のとおり北畠村長以下の被告の執行部に対し一年余の期間にわたり頻繁に飲食、ゴルフの接待などを饗応をすることにより取り入つていたことから、右執行部が原告から工期延長の承諾を得るために焦りの色を濃くしているのを知り、その機に乗じて請負代金名下に被告から金員を騙取することを企てた。

同年三月六日ころ、被告役場の村長室に呼ばれた長根は、小針収入役、森総務課長、北畠水道課長のいる席で、北畠村長より、被告の執行部が原告の東京本社まで工期延長の承諾を求めに行くについての協力を求められた。これに対し、長根は、原告は現在なお被告に対する態度を硬化させているから被告の執行部が直接原告の東京本社に赴いても承諾を得られる見込みがない旨述べるとともに、真実は請負代金を原告のもとに持参して納める意思がないにもかかわらず、先に原告より昭和四九年工事分として出来高請求のなされていた請負代金一〇〇〇万円を長根が早急に被告より現金で交付を受けてこれを原告のもとに持参したうえ工期延長の承諾を求めれば事態は好転する旨述べ、北畠村長らは、その旨誤信してこれを了承した。長根は、北畠村長ら被告の執行部を右のとおり欺罔したうえ、被告より請負代金名下に同月一一日と同月一五日に各金五〇〇万円の交付を受けてこれを騙取し、さらにその後も、工期延長交渉に必要であると称して、被告執行部を欺罔し続けたまま請負代金名下に、同月三一日金一一八五万四三四五円、同年四月一八日金一〇〇〇万円、同年五月二三日金一二〇〇万円(小切手。その後長根において換金)をそれぞれ被告より騙取した。その後、同年五月三一日、たまたま原告より被告に対し、二年の工期延長に応じる旨の承諾がなされて、その旨の工事請負変更契約書が提出されたため、北畠村長ら被告執行部は長根をますます信用し、長根は、これに乗じて、さらに請負代金名下に同年七月一日被告より金一六〇〇万円を騙取し、結局、長根は、被告より、合計金五九八五万四三四五円の交付を受けて、これを騙取し、そのほとんどを自己の負債の返済にあてるなどして費消した。

(6) 右のとおりの長根が被告から請負代金名下に合計金五九八五万四三四五円を騙取した際の請負代金としての請求手続及び支払手続は、まず、昭和五〇年三月一一日支払分については、長根個人発行の仮領収書と引換えに小針収入役より長根に現金五〇〇万円が手渡され、その後同月一五日に小針収入役より長根に現金五〇〇万円が交付された際、長根より、前記(2)の手続で原告が金額、年月日共に白地のまま発行して長根に交付しておいた請求書兼領収書が小針収入役のもとに提出され、同日付で金額欄に先の金五〇〇万円と合わせた金一〇〇〇万円を書き込んで同額の請求書兼領収書(乙第一二号証)としたうえ、小針収入役はこれを受領し、長根個人発行の仮領収書を廃棄した。次の同年三月三一日支払分及び同年四月一八日支払分については、その都度長根より被告のもとに、同年三月二七、八日ごろ前記(2)の手続で原告が金額、年月日共に白地のまま発行して長根に交付しておいた請求書兼領収書が提出され(その際、金額と年月日が記入されたものが乙第一三、一四号)、さらに、同年五月二三日支払分及び同年七月一日支払分についても、その都度長根より被告のもとに、原告が同年四月二三日ごろ前同様正規に発行して長根に交付しておいた請求書兼領収書が提出された(その際、金額と年月日が記入されたものが乙第一五、一六号証)。

しかし、天栄村工事請負契約約款一七条によれば、原告が第三者を代理人として請負代金を被告より受領するにはその旨被告の承認が必要とされ、かつ、承認を得た場合には、原告の提出する支払請求書に第三者が原告の代理人である旨明記しなければならない旨規定されていたが、長根については、このような手続は一切とられていなかつた。

(7) ところで、長根は、現場代理人として本件請負人として本件請負工事の現場に着任して間もない昭和四八年一〇月ころより北畠村長、森総務課長、北畠水道課長及び助役佐藤正夫(以下「佐藤助役」という。)を月二、三回の割合で料亭において芸妓をあげての饗応をしたうえ、昭和四九年五月ころからは北畠村長及び佐藤助役を月二、三回の割合でゴルフに接待し、同年一二月ころ水道調査特別委員会において原告の不正工事が問題とされるようになつてからは、長根自身原告の事実上の下請人として本件請負工事の円滑な進行に強い利害関係を有するようになつていたことから、北畠村長以下の右執行部(小針収入役は除く。)に対する饗応はその頻度を増し、その状態は昭和五〇年三月ころまで続いていた。長根は、さらに、北畠村長に対しては、岩盤等による工事の設計変更、これに伴う工事費の増額、補正予算の調整並びに監督、検査等について好意ある取り計らいを受けたい趣旨のもとに、昭和四八年一一月八日ころ、同村長が料理店で飲食した代金四万五五六〇円を支出し、同月一七日ころ同趣旨のもとに同村長に現金一〇万円を供与し、その後さらに、請負代金の増額決定に好意ある取り計らいを受けたこと並びに請負代金支払い、各戸給水工事の指名、競争入札等について好意ある取り計らいを受けたい趣旨のもとに、同村長に対し、昭和五〇年一月二〇日ころ現金三〇万円、同年三月上旬ころ現金六万円、同年四月中旬ころ現金五〇万円をそれぞれ供与し、その後も、右とほぼ同趣旨のもとに、同村長に対し、同年五月下旬ころ現金一五〇万円、同年七月上旬ころ現金一〇〇万円をそれぞれ供与し、長根及び同村長は、贈収賄罪に問われた(なお、長根は、被告からの金五九八五万四三四五円の騙取についても詐欺罪に問われた。)。しかも、長根が北畠村長に供与した現金の中には、長根が被告より騙取した金員が含まれていた。

長根による右北畠村長ら被告の当時の執行部に対する饗応及び現金供与の贈賄は、長根自身の計算と考えのもとになされ、原告は、これにまつたく関知していなかつた。

以上の各事実が認められ〈る。〉

(二) 以上認定した(1)ないし(7)の各事実に基づき、まず、抗弁1項で被告らが主張する長根の請負代金弁済受領の代理権の有無につき検討するに、長根の現場代理人としての権限は(1)で認定したとおりであり、長根が原告発行の請求書兼領収書を被告のもとに持参した手紙及び事情は(2)で認定したとおりであるほか、請負代金の支払方法については原被告間において(4)で認定したとおりの約定がなされ、右約定が昭和四九年中は、同年五月二七日支払分を除き守られていたことを併せ考えれば、長根が原告の現場代理人であること及び原告発行の請求書兼領収書を被告のもとに持参して提出していた事実から直ちに長根に請負代金弁済受領の代理権があつたとまでは到底認定しがたく、他に、これを認めるに足りる証拠はない(なお、(4)で認定したとおり昭和四九年五月二七日被告より長根に請負代金として直接現金七三万九六四六円が支払われ、結果的に原告に同額の弁済がなされているが、それは、(4)で認定したとおり、長根がその後間もなく原告に右請負代金直接受領の事実が発覚しないよう原被告間の代金支払方法についての約定に副う形で小針収入役名義で原告の当座預金口座に同額の金員を振り込んで送金したためにほかならず、原告が右送金された金員を受領した一事から長根に弁済受領の代理権が授与されていたことまでも認定できないことは多言を要しない。ちなみに、被告においても、その後の昭和四九年八月一二日支払分及び同年一一月二九日支払分については、長根に直接支払うことはせずに原告の当座預金口座に振り込んで支払つている。)。

判旨(三) 次に、被告らは、抗弁2項(一)において、長根に対する合計金五九八五万四三四五円の支払いは受取証書の持参人に対する弁済であるから民法四八〇条本文により原告に対して弁済の効力が生じた旨主張するので検討するに、そのうちの昭和五〇年三月一一日支払分の金五〇〇万円については、(6)で認定したとおり長根個人発行の仮領収書と引換えに小針収入役より長根に支払われているから、受取証書の持参人に対する支払いに該当しないことは明らかであるが、その余の各支払については、(6)で認定したとおりいずれも長根において原告が被告宛に正規に発行した請求書兼領収書を持参してこれと引換えに被告より支払いを受けているから、受取証書の持参人に対する弁済といわざるをえない。

しかしながら、(1)で認定したとおり、天栄村工事請負契約款五条三項により現場代理人の権限は明定され、それには現場代理人の請負代金弁済受領の権限はなんら規定されていないこと、(2)で認定したとおり、原告より被告に対する請負代金の請求手続においては、天栄村財務規則上及び予算執行の都合上、金額及び年月日を白地にした請求書兼領収書の提出が要求されていたため、原告において被告に請求書を提出する際には同時に領収書までも提出する形をとることになり、長根の場合、純然たる受取証書の持参人とは性質を異にしていたこと、(3)、(4)、(6)で認定したとおり、原被告間においては本件第一次請負契約締結の際請負代金の支払方法について原告の当座預金口座に振り込んで支払う旨の約定がなされ、昭和四九年中は右約定がほぼ守られていたにもかかわらず、被告は、右約定に違反して合計金五九八五万四三四五円を直接長根に支払つているうえ、そのうちの昭和五〇年三月一一日支払分にいたつては天栄村財務規則にも違反して長根個人発行の仮領収書と引換えに支払われていること、(5)で認定したとおり、被告が長根に合計金五九八五万四三四五円もの多額の金員を直接現金で支払つたのは、通常の受取証書の持参人の場合のように長根が持参した原告発行の請求書兼領収書を信頼してというよりも、長根に右現金を原告の東京本社まで持参させて被告にとり急務であつた工期延長の交渉をさせ、右交渉を有利に展開させるというまつたくもつて被告側の打算(それが長根に欺罔されたものとはいえ)からであつたこと、北畠村長ら被告の当時の執行部が長根を過度に信用した背景には、(7)で認定したとおり、右執行部と長根との間に違法にも著しい癒着が存したためであること、以上の諸点を総合して判断するとき、原告が再抗弁1項で主張するとおり、被告(村長、収入役ら執行部)が長根に請負代金として合計金五九八五万四三四五円を支払つた際、少くとも、長根に右弁済受領の代理権がないことを知らなかつたことについて著しい過失のあることは明らかである。

したがつて、被告らの受取証書の持参人に対する弁済の主張は理由がないことに帰する。

(四) さらに、被告らの抗弁2項(二)の表見代理の主張について検討するに、(1)で認定した長根の現場代理人としての判旨権限よりすれば、民法一一〇条所定の表見代理の基礎となる基本代理権の存在は肯認しうる余地はあるにしても(なお、抗弁2項(二)(2)の主張の理由のないことは、前記(二)で判示したとおりである。)、被告が長根に請負代金弁済受領の代理権があると信じたことについての正当理由の存在については、前記(三)で判示した被告の過失に照らして到底認めがたいところであり、他に、これを認めるに足りる的確な証拠はないから、被告らの右表見代理の主張も理由がない。

3  以上の次第で、被告らの弁済の抗弁は、すべて理由がないことに帰する。

三進んで、被告らの相殺の抗弁(抗弁3項)について検討する。

1  抗弁3項(一)の事実は当事者間に争いがない。

2 右認定事実並びに前記二項2(一)(1)ないし(6)で認定した各事実によれば、長根の右認定した不法行為は、原告の被用者が原告の事業の執行につきなしたものと認められる。

判旨3 原告は、再抗弁2項(一)において長根の選任及びその事業の監督につき相当の注意をなした旨主張するので検討するに、前掲甲第五二号証及び証人伊藤安一の証言によれば、原告は昭和四六年ころ新聞広告による従業員募集に応じた長根を従業員に採用し、採用にあたつては、長根より履歴書、戸籍謄本を提出させ、原告の役員、総務部長らによる面接試験を実施したほか、専門調査機関に身元調査をさせたことが認められる。しかしながら、〈証拠〉によれば、長根は、昭和四一年一二月一三日渋谷簡易裁判所において窃盗罪で懲役一年、執行猶予三年に処せられた(同月二八日確定)ほか、昭和四二年二月二三日東京地方裁判所において詐欺未遂罪で懲役八月に処せられ(同年三月一〇日確定)、さらに、昭和四四年一一月一一日詐欺罪で懲役一年六月に処せられ(控訴棄却により昭和四五年五月一二日確定)、右の詐欺未遂罪及び詐欺罪についてはいずれもその刑の執行を受け、昭和四五年一二月一五日仮出獄し、その後間もなく原告会社に経歴を詐称して就職したことが認められるが、原判旨告は、前認定のとおり専門調査機関に長根の身元調査をさせたとはいうものの、長根の採用にあたつて長根の前科前歴や経歴詐称をまつたく看過していることは、証人伊藤安一の証言からも明らかに認められるところである。右事実に照らすとき、原告が長根採用にあたつて前認定の手段を講じたからといつて、直ちにその選任に相当の注意をなしたものとは認めがたく、他に、これを認めるに足りる証拠はない。

のみならず、事業の監督の点についてみても、証人伊藤安一は、原告は相当な注意をしていた旨証言しているが、前認判旨定のとおり、長根は、長期間にわたり被告の当時の執行部に対して頻繁に饗応をし、あまつさえ、北畠村長に多額の金員を供与し、被告の右執行部と著しく癒着したいたうえ、原告の現場代理人でありながら、本件請負工事の下請業者の訴外株式会社東設が倒産した後事実上原告の下請人にもなり、みずからの計算で本件請負工事の施行に独自の利害関係を有するまでになつていたにもかかわらず、原告は、これらの点についてもまつたく看過していたことは弁論の全趣旨から明らかである。右事実に照らすとき、前記伊藤証言はにわかに信用しがたく、他に、原告が事業の監督につき相当な注意をしていたことを認めるに足りる証拠はない。

してみれば、原告は、民法七一五条一項に基づき、被告が長根の前認定の不法行為により被つた損害を賠償する義務があるといわねばならない。

4  そこで次に、原告の過失相殺の抗弁(再抗弁2項(二))について検討する。

前記3項で判示したところによれば、長根が前認定の不法行為をしたについては、使用者たる原告に、長根の選任上及び事業の監督上極めて大きな過失があつたといわねばならない(なお、前認定のとおり、長根は原告より金額、年月日共に白地のまま発行を受けた数通の請求書兼領収書を利用して約四か月の間に被告から多額の金員を騙取しているが、右期間中原告が右請求書兼領収書発行の帰すうについて十分注意していたかどうかの点については、右の金額、年月日共に白地の請求書兼領収書の発行は、前認定のとおり被告の天栄村財務規則上及び予算執行上の都合に基づくものであるうえ、〈証拠〉によれば、被告は、昭和五〇年五月末ころ、長根に対する過度の信用から長根に欺罔されて、被告において既に同年三月一一日と同月一五日に各金五〇〇万円、同月三一日に金一一八五万四三四五円、同年四月一八日に金一〇〇〇万円、同年五月二三日に金一二〇〇万円をそれぞれ請負代金として長根に交付済みであつたにもかかわらず、これが未払いであることを前提とした請負代金の残高確認書(「工事代金の債権譲渡分の支払期の変更について」と題する書面。甲第八五号証)を発行して長根に交付し、そのころ、右書面が原告に提出されたことが認められるから、原告において右書面を信頼して、当時原告発行の請求書兼領収書を利用した長根の金員詐取の事実についてまつたく気付かなかつたとしても、一概に大きな非難に値するとは断じがたい面がある。)。

しかしながら、他方、前記二項2(三)で判旨判示したところから明らかなとおり、被告が長根の前認定の不法行為により多額の金員を騙取されたについては、北畠村長をはじめ当時の被告の村政を預かつた執行部において、当時の被告側の都合から天栄村財務規則や原告との代金支払方法についての約定にも違反して長根に多額の現金を交付し、しかも、その背後では長根より長期間頻繁に饗応を受け、村政の最高責任者であつた北畠村長にいたつては多額の金員の供与まで受けているなど、被告側にも、原告側の過失に劣らず極めて重大な過失があつたものといわねばならない。

したがつて、被告が長根の前認定の不法行為により被つた合計金五九八五万四三四五円の損害から五割の過失相殺をするのが相当である。

しかるとき、過失相殺後の損害額は金二九九二万七一七三円(原告側の過失相殺分につき円未満切捨て)となることが計算上明らかである。

5  以上の次第で、被告は、原告に対し、金二九九二万七一七三円の損害賠償債権を有することが認められるところ、抗弁3項(三)の事実は本件記録上明らかであるから、被告の右認定の相殺の意思表示は、右損害賠償債権額の限度においてその効力を生じたものというべきである。

そうすると、前記一項で認定した原告の本訴請求に係る請負代金残金五九八五万四三四五円のうちの相殺後の残額は、金二九九二万七一七二円となることが計算上明らかである。

四以上によれば、被告は原告に対し、相殺後の請負代金残金二九九二万七一七二円及びこれに対する工事完成引渡後である昭和五〇年九月一一日から完済までの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわねばならない。

第二遅延損害金請求について

一〈証拠〉並びに前記第一項二2(一)(5)で認定した事実を総合すれば、本件第一次請負契約に係る基幹工事の天栄村広域簡易水道新設工事の最終工期について、昭和五〇年五月三一日、原被告間において、被告側の国からの補助金交付や起債の都合上これを同年三月二〇日から昭和五二年三月二〇日に延期する旨の合意が成立したが、工事そのものは昭和五〇年五月三一日までにすべて完成しており、右工期延長の合意の実質は、請負代金支払時期を原告が被告に対し猶予することにあつたことから、遅くとも昭和五一年一一月一〇日、原被告間において、本件第一次、第二次各請負契約に基づく請負代金(但し、前記第一項で判示した長根騙取分の金五九八五万四三四五円を除く。)について、昭和五〇年六月一日以降実質上支払が遅滞している分につき被告が原告に遅延損害金を支払う旨の合意が成立したことが認められるが、その際原被告間において、右遅延損害金の割合について、原告が市中銀行より資金の借り入れをしている実質金利相当分(原告の主張によれば年9.5パーセント)とすることの明確な合意が成立したことについては、〈証拠〉のうちこれに副う部分は、前掲〈証拠〉にはいずれも金利については別途協議する旨記載されているのみで、金利の割合についてはなんら記載されていないことに照らしてにわかに信用しがたく、他に、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

しかしながら、原被告間における前認定の遅延損害金支払いの合意の合理的意思解釈として、少くとも被告は原告に対し商事法定利率年六分の割合による金利を支払うことを約していることは明らかというべきであるから、被告は原告に対し、前記請負代金の昭和五〇年六月一日以降の実質上の支払遅滞分について年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわねばならない。

二そこで、右遅延損害金を計算すると次のとおりとなる。

1  本件第一次、第二次各請負契約に基づく請負代金

合計金四億一七〇〇万円

2  被告の弁済額

(一) 昭和四九年四月二四日

金三五七三万七三九三円

(二) 同年一一月二九日

金七五〇〇万円

3  長根騙取分

金五九八五万四三四五円

4  当初遅滞金額(1−(2+3))

金二億四六四〇万八二六二円

5  遅延損害金の計算

(一) 昭和五〇年六月一日から昭和五一年五月二七日まで

金一四六二万二九一六円

(二) 昭和五一年五月二八日から昭和五二年三月三一日まで

金八八六万三七〇一円

(注) 昭和五一年五月二七日金七一三四万〇五六二円弁済

(三) 昭和五二年四月一日から同年九月一三日まで

金一六三万九一〇七円

(注) 昭和五二年三月三一日金一億一五〇〇万円弁済

昭和五二年九月一三日金六〇〇六万七七〇〇円弁済

(四) 合計((一)+(二)+(三))

金二五一二万五七二四円

三以上によれば、被告は原告に対し、約定に基づく遅延損害金として金二五一二万五七二四円の支払義務がある。

第三結論

よつて、原告の本訴請求は、前記第一項四及び同第二項三で判示した限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(横山匡輝)

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